「5時間27分+2時間14分」
神戸から金沢までのJRの時間と金沢から輪島駅前まで高速バスの時間です。こう書くと結構長い時間に思えますが、実際に行ってみるとそれほど長くは感じませんでした。ちなみにこのJRの時間は、新快速と普通を使った、結構乗り継ぎが良いものです。乗換は敦賀と福井の2回だけです。意外に少なくありませんか? 金沢からはいつもはレンタカーなのですが、今回は前日から輪島へ入るので、高速バスに乗ってみました。こちらものんびりできて快適です。レンタカーで走るのは嫌いでは無いですが、それなりに気が張って疲れますからね。
行く前は、3月上旬の輪島は雪が積もっているのかな、めちゃくちゃ寒いのかな、なんて考えていました。全くそんなことは無かったです。風が少し強いかな、というくらい。今年は暖冬らしいです。もちろん地球温暖化の影響も少なくないでしょう。夕方5時に輪島に着いて宿まで歩きながらそんなことを考えていました。6時に白藤酒造店さんへ事前打ち合わせにお伺いするお約束です。
白藤酒造店さんへ伺うと、蔵元杜氏の白藤喜一さんが迎えてくださいました。今回は、販売させていただいている「奥能登の白菊✕自然栽培米」の造りを見せていただきたいという私のお願いを聞き入れてくださいました。造りの最中に伺うのは初めてなので、とにかく邪魔にならない様にするにはどうすれば良いかを聞いておきたかったので、事前打ち合わせのお時間をいただけたのはとても助かりました。明日の朝仕事の工程を伺ってから、現場を見せていただき、皆さんの作業動線と私の撮影場所の確認をさせていただき、準備は完了です。こういった時には昨年3カ月だけとはいえ、某酒蔵にお手伝いで入らせていただいたことがとても役に立ちます。本で知る造りの手順と日々の作業は、細かい違いが沢山あります。そしてそれが重要であったり、時間との勝負をしている時には無視できない違いであったりするのです。
その日は朝6時前に蔵へ到着しました。蔵人の皆さんは既に作業を開始されていて、蒸しあがり迄いろいろと準備をしている時間です。6時には自然栽培米コシヒカリの栽培者である新井さんが来られました。一緒に見学します。
酒蔵の朝は、米を蒸すことから始まる蔵が多いと思います。朝は寒いのですが、蒸気があがる甑(こしき)の近くは暖かいんですよ。
甑に張った布がぷっくらと膨らんで蒸気が抜ける景色は蔵の一日の始まりを感じさせます。
この日は、自然栽培米の仲麹引き込み、特別純米の留仕込み、自然栽培米の留麹・添掛米の洗米、仲麹の種切、そして酛卸と盛りだくさんな一日です。色々と見せていただきたくて、私がこんな忙しい日にお願いをしてしまったわけです。そんな訳で、甑には自然栽培米の仲麹用のお米と、特別純米酒の留仕込み用の掛米が蒸されています。
少しだけ解説しますと、日本酒は酒母と呼ばれる発酵の基となるものを作った後「三段仕込み」で仕込まれるのが一般的です。三段というのは、三回に分けて「蒸米」と「麹」と「水」を加えながら発酵させていく段階のことを言います。この三回は一回目を「添(そえ)」、二回目を「仲(なか)」、三回目を「留(とめ)」と呼びます。「仲麹」というと二回目の「仲」のタイミングで投入される麹のことです。「添掛」は一回目の「添」のタイミングで投入される蒸し米のことです。三段仕込みの時に投入される蒸米は「掛米(かけまい)」と呼ばれます。そのため、「添米」ではなくて「添掛」なんです。ラベルで時々麹米と掛米の品種が違ったり、精米歩合が違ったりするのも役割が異なるためです。
まずは蒸しあがった自然栽培米の仲麹用のお米(麹米)を少し冷まして、吊り箱で2階の麹室(こうじむろ)へ引き込みます。これは米の温度が大切な作業なので、とにかく邪魔にならないところから見せていただきましたが、麹米は割りと高い温度で室へ運ぶので、あっという間の作業です。自然栽培米の仕込みは大きくないので米の量も多くないのです。
室(むろ)への引き込みが終わったら、今度は甑(こしき)にある特別純米酒の留仕込み用のお米(掛米)を甑から出して冷まします。こちらは留仕込み用なので、杜氏が指定した温度まで冷ましてタンクへ投入します。
甑からスコップで出して、簡易放冷機の上で木庖丁で切る様に米を潰さず、ばらしながら広げていきます。
その後、送風機で一気に冷まし、布ごとに手早く纏めてタンクへ運びます。
二人で息を合わせて運び、タンクの下で上にいる二人に手渡しします。
受け取った上の人が、タンクへ投入します。この流れ作業を何度も繰り返します。蔵人と杜氏で皆さん殆ど言葉を交わすことなく阿吽の呼吸でどんどん進めていくのを見ていると、とてもチームワークが良いのがよく分かります。
ある程度の量が入ると、冷ます合間に杜氏がタンクへ櫂入れ(かいいれ)をします。ここでの混ぜ具合も非常に大切なところです。
横から中をのぞかせてもらうと、なんと「氷」が浮いています!
温度の調整で、今回は水に加えて氷を入れているとのこと。何だか牛乳に氷を入れたみたいな不思議な感じです(大きさが全然違いますが…)。
留仕込み用の掛米(留掛)をタンクへ投入し終わったら、次は自然栽培米の留麹と添掛米の洗米を始めます。65%に精米された自然栽培米コシヒカリはとても真っ白で輝いていました。
10kgごとにすでに米袋に分けられていたため、順番に洗米機へ投入していきます。最近小規模な蔵は、この洗米機のところが多いです。担当されているお二人が見つめている先には何があると思いますか?
見つめている先にあるのは「時計」です。
洗い場に時計、しかも秒針が見やすい時計は必須です。洗うのも、その後の浸漬(水に浸けて吸わせる工程)も、秒単位の作業なのです。麹米と掛米では吸わせる水の量が異なります。それぞれの役割に合った蒸しあがりのための作業です。
10kgごとに分けて作業をしているのは、誤差を減らすため。より細かく調整することで、全体の誤差を減らします。
浸漬時間が終わった米は水から上げて、しっかりと水を切ります。水を切った後の状態で、何%水を吸わせた状態にするのかを事前に決めて、それに合わせて作業しているのです。とても神経を使う大切な作業です。
米洗いの作業がひと段落したタイミングで、皆さん朝ごはんです。蔵元のお母さんが作ってくれています。毎朝、蔵人全員分の美味しい朝御飯をつくるのも大変です。ご家族皆さんの共同作業なんですね。海がすぐの輪島らしく、お魚と海苔と「かじめ」という海藻のお味噌汁。とても美味しかったです(私もいただいてしまいました)。写真を撮り忘れたのが残念。。。
朝ごはんの後は、麹室での種切りです。
種切りは製麹(せいぎく)と言われる麹造りの中の一つで、種麹を蒸された麹用の米に振りかける作業です。室(むろ)仕事は蔵元杜氏である白藤喜一さんの奥様・暁子さんを中心に、杜氏とお二人で行います。
まずは引き込んでおいた蒸米をほぐしながら薄く広げていきます。蒸米は引き込まれた時は特殊な布と毛布でくるまれて温度をキープして少しおいておかれていました。種麹をまんべんなく振りかけるために広げます。
麹室の中は麹菌の為に30℃以上に保たれています。外との温度差がとても大きいです。とても汗をかくのですが、外へ出ると寒いので、着替えないと体調を崩しやすいのです。
そして、下の写真が種麹です。なかなか見る機会無いですよね。種麹の提供は歴史のあるほんの数社が独占しています。振りかけるのは麹菌なのですが、とてもとても小さなものです。霧か煙のように見えます。写真で見えている粒は、米で、この米に麹菌が付いている状態です。これを特殊なケースにいれて「振る」ことで、麹菌を蒸米に振りかけていきます。
これがまさに振りかけているところです。でも見えないですよね・・・
息を吐くだけでも動きが変わるくらい細かいので、この作業中は息を殺してだれも話しません。振り替えた後、裏返して振りかけて、少し混ぜながらまた裏返して振りかけてと3回ほど行ったあと、米を集めて山にして、改めて布と毛布で包みます。暖かい環境で、麹菌が繁殖するのを待ちます。
下の写真は、数日前に作業をして、現在乾燥させている(枯らしといいます)麹米です。表面積を増やすために溝を作っています。とても綺麗な白色で、少し香ばしい良い香りがします。
今回は、ここまでです。
どの作業もとても丁寧に、チームワーク良く無駄なく進められていました。「奥能登の白菊」に共通する品と整った口当たりの源を見た気がしました。
手間がかかることもあり、生産量は限られますが、その代わりに品質が保たれるのではないでしょうか。
改めて、お酒には造り手の姿勢や考えが出るなぁと感じました。
原料となるお米が栽培された環境、その土地の水が産みだされる環境、そして造り手が反映される酒造り。これこそ、地酒を愉しむ醍醐味ですよね。
ぜひ一度「奥能登の白菊✕自然栽培米」から輪島を感じてみてください。
(おまけ)
帰り際に蔵の売店でこの時期ならではの「奥能登の白菊 純米吟醸」と「輪島物語 純米酒」無濾過生原酒を発見! 一消費者として購入して帰りました。
どちらも絶品でしたね。なかなか通常の酒屋では見かけないかもしれませんが、見かけた方は是非飲んでみてください!
ちなみに岡酒商店では通常の「奥能登の白菊」はございません。ご了承ください。
店主
今年の造り(2019BY)の入荷はまだだいぶ先です。
現在はこちらの商品をご提供しています。