震災からの再生 - 福島県南相馬市小高区 根本洸一さん-

根本さんの ”雄町” との出会い

私がサラリーマンを辞めて酒屋をしようと仁井田本家さんを訪問した2017年11月のことだ。神奈川から神戸へ引っ越して日本酒を扱うと決めた時、最初にお願いに伺ったのが仁井田本家さんだった。もともと雄町が大好きで「オマチスト」と言われて喜んでいた私だが、それはほとんど関西以西の酒蔵のお酒でのこと。雄町の本場は岡山県※なので当然のことではあるが、仁井田本家のお酒でも雄町を使ったものは見たことが無かった。
蔵の事務所で自分のビジネスプランを説明し、取引をお願いしたわけだが、帰る前に蔵の売店で見つけたのが平仮名で書かれた「おだやか」のラベルだった。通常、仁井田本家の穏ブランドは漢字で「穏」と書かれている。またラベルデザインも全く異なる。そして「雄町 純米吟醸」と書かれていた。

「これは何ですか?」と対応していただいた営業の方にお尋ねした。
「避難地区だった小高で作った雄町を全量買い取って試験的に造っているんです。福島県内限定販売ですが評判いいですよ。」
「今、買わないと、次にいつ買えるか分からないということですね。」と答えて、それを購入した。

※雄町(おまち)
・・・酒造好適米(酒米)の品種。現存する酒米の中ではかなり古い品種として知られる。また品種改良によって創られたモノではなく原種の一つともいわれる。岡山県で栽培が始まり、現在でも多くが岡山県で栽培されている。酒米生産量としては全国で4位だが、総生産量の3%程度。しっかりとした味わいが特徴と言われ酒米の品種として名指しで好む人が他の品種と比べると多い。

自宅に持ち帰ったものの、もったいない気がしてなかなか栓を開けられず、結局呑んだのは2018年元日。その時のメモを見ると「おだやかのスッキリさ、綺麗さに雄町の旨味が乗った感じ。とても品の良い旨味でかなりお気に入り。」と書いてある。その時から私の中で「おだやか 純米吟醸 雄町」は特別なお酒の一つになった。

お会いするまでの話

酒販免許がおりたのが、2018年の4月末で、それから改めて仁井田本家さんへお取引のお願いをさせていただいた。ご了承いただき、初めての注文のとき、「おだやか 純米吟醸 雄町 中取り生」がリストにあったので営業の方に聞いてみると「それはすぐに売り切れてしまったんだよね。全部なくなったから火入れもないから来年まで待って」と言われた。福島県内限定販売が全国へ解禁されたのは朗報だったが、再会は一年待ちとなった。今年の4月中旬に発売されると蔵から教えてもらった時に、仁井田本家さんの春の感謝祭で郡山まで行くなら、その前に根本さんに会ってお話を伺えないかと思いついた。そして仁井田本家さんに取り次いでいただいて、4月12日にお伺いできることになったのである。

詳しい約束は私から電話をしてご相談することになっていたので、4月初旬にドキドキしながら教えられた携帯へ電話をした。日付を4月12日に決めて、待ち合わせをどうしようかと考えていた。
「どうやって来るん?」
「東京から電車で伺うつもりです。小高駅からはご自宅は遠いですか?」
「小高より桃内が近いけど、仙台から来るん?」
仙台からとはどういう言ことだろうか。
「いわきから行こうと思ってますが」
「電車来とらんよ」
「代行バスが出てますよね」(一応調べていました)「詳しい時刻を調べたら改めてご連絡します」
といって電話を切った。

ほどなく、根本さんの携帯から電話がかかってきた。奥様からだった。
「12日の昼に電車で来るって聞いたけど、朝晩はあるけど昼間はほとんど無いから、富岡(いわきからの電車の最期の駅)までお父さんが迎えに行くから」
そんなこと恐れ多くてお断りしたものの、それが一番スムースと説得される始末。一度はお願いすることにしたが、色々と調べて、最終的にはいわきからレンタカーで伺うことにした。

まだJRが運転を再開していないということを最初に知った時は、かなり驚いた。私は阪神淡路大震災の時、阪神地区に住んでいてそこからの復旧を体験しているのだが、電車はかなり早い時期に復旧していた。津波の被害がとても大きかった三陸鉄道も再開したとニュースで聞いていたので、8年経ってもまだ運転再開していないとは想像していなかった。これも自然災害で壊れただけではない、原発の影響の一つなのだろう。そして実際にレンタカーで走って、その復旧の遅れについて目の当たりにしたのである。

高速道路わきの放射線濃度計が他よりも高い数値を示した辺りの印象は「何もない」。
山中の高速道路から見える田畑に違和感を感じた。雑草が伸び放題のところなどは雑草が元気なだけでも救いを感じるという感覚だった。田畑は作物が実る季節ではないので田畑に何もないのは当然なのだが、違和感を感じるのはなぜだろうと考えた。家や建物が無いのだ。道路はあるが他の人工建造物が無いのに土地が開けているのが違和感の原因だった様だ。南相馬市に入ると民家が目に付くようになり、そしてナビが「目的地周辺です」と言った。

福島で雄町をつくる

お宅の前まで行くとちょうど根本さんが出てこられたところで、挨拶をしてご自宅でお話を伺うことになりました。
私としては一番の疑問が「なぜ福島で雄町をつくろうと思ったのか」ということであったので、最初にその疑問をお聞きしました。

根本さんは震災前、JASの有機認定をとってコシヒカリの栽培をされて、多くを直接消費者へ販売していたそうです。ご自宅と田んぼがある南相馬市の小高区が強制避難区域に指定され一時的に農業が出来なくなったが、「継続しないと再開は難しい」との思いから避難所から1時間かけて田んぼへ通って農作業を続けられました。しかし最初の3年は全て破棄するしかなかった状況で、「やっぱりそれはつらいよ」とても寂しそうに当時のお気持ちを教えてくださいました。
そんな時、以前から関わっていた福島の有機栽培の部会で仁井田本家さんを紹介されました。仁井田さんから「昔の酒米・雄町を作りませんか」と話を持ちかけられたそうです。しかし「酒米を作るなら山田錦」という思いもあり、迷ったそうですが、その時の部会の先生方(指導員の方々)が「雄町は出穂が遅いからこの辺りでは無理だろう」と言われるのを聞いて、逆にやってみようと。昭和28~29年の大冷害の時に当時の栽培品種である農林15号で、出穂が9月20日まで遅れた時でも通常時の半分の量は収穫が出来たという経験があったので「工夫すれば、何とか大丈夫なんじゃないか」と考えたそうです。そして雄町の栽培を始められました。種もみは仁井田本家さんからいただいたということで、穫れた雄町は全量仁井田本家さんへ納入すると仰っていました。

農作業は3年単位で考えることが多いとのことで、2016年からの3年間は色々と試行錯誤しながら、経験値を蓄積してきたそうです。一般の品種では8月20日頃出穂するところが、雄町は9月。2016年は9月3日、2017年は9月11日、2018年は9月13日と年々遅くなっていますが、収穫には問題が無いという(この日付を覚えておられてスラスラと言われたのには驚きました)。雄町のこともだいぶ分かってきたということで、今年からは作付け面積を倍増するというお話でした。
「福島で雄町を作ってるのはうちだけじゃないかなぁ」と言われる根本さんの表情は少し誇らしげでとても嬉しそうでした。

お伺いしたのは、芽出しをした種を苗床に蒔く時期。昔は水栽培をしていたそうだが、今は苗床も外の田んぼの一部を使っています(下の写真の左側)。芽出しの水の温度や漬ける日数についてもこだわりを聞かせていただきました。本当はお伺いした日の前日に蒔く予定が、この時期には珍しく雪が降り、一日延期になったそうです。やはり自然と対話する仕事なので、人間の予定通りに進むとは限りません。その中で毎回、経験をもとに工夫と改善、対応をしていくことで結果を残していく農業は同じことの繰り返しが無い大変な仕事だと改めて感じました。

無農薬栽培と言えば、いつも話題になるのが雑草対応です。栽培農家の皆さんは常に新しいことに取り組みながら改善されているわけですが、根本さんからは少し面白い考え方を伺えました。
「雑草取りはやはり大変なんだが、雄町は意外と楽なんだわ。雄町は背が高いでしょ。そうすると下が日陰になって最終的に雄町が雑草に勝つんだわ。だからある程度放っておいて大丈夫。楽なんよ。」
「楽」とはいっても、それはコシヒカリとの比較論であり、大変な事はもちろんあるのだとは思いますが、根本さんはそう言って「雄町はいいよ」と仰るのです。この自然の流れとしてうまくいくことを大事にする感じは、考え方として木村式自然栽培に近いのかなぁと感じます。雑草と戦うという感じが無くて何だかこちらも嬉しい気分になりました。

酒米ならではの喜び

出来上がったお酒を呑まれた時の感想を伺ってみると、「そりゃあ、もう最高よ! 酒蔵に呼んでもらってタンクから直接汲んだ酒を味見した時には『これで人生に悔いなし』と思ったね。」という言葉が返ってきました。これは醸した仁井田本家さんにとっても最高の感想でしょう。私が「来週、今年のお酒が入荷予定なんです。楽しみでしょうがないです。」とお伝えしたところ、とても嬉しそうに頷いておられました。
また、昨年は仁井田本家さんへ納めなかった、量的に半端な(米袋の量に足りなかった)雄町を使って麹を作り、味噌や甘酒を作ったそうです。それがとても美味しかったと何度も仰っていたのが印象的でした。粒のサイズが小さくてはじかれるものと合わせて「今年も麹造りが楽しみ」だそうです。

避難地区の現実

お話を伺った後、雄町を植える予定の田んぼと、種まきしたところへ案内していただきました。そこには「放射線セシウム水稲・大豆吸収抑制調査・研究試験圃場」の看板が。研究機関として新潟大、東京大、福島大が書かれている下に「協力・南相馬市小高区 根本洸一氏」と書かれています。
「なんか色々調べたいって言ってるから協力している」と言いつつ、「それよりとにかく(農業を)続けておかないと戻りたい人たちも戻れない。まだ2割ほどしか戻ってないし、年寄りばかりだけど、若い人たちが戻りたいと思った時に戻れる場所を維持しておかないとね」と言われたことがとても心に残りました。現実としてここは「調査・研究試験圃場」となる場所なのです。ここで出来ることを進めていく、酒米栽培という新しい取り組みを広げていくことが人々が戻ってくる一助になると信じています。我々はここから出来た日本酒を呑むことで支援が出来ます。まあ、支援云々よりも美味しくて呑んでしまうのですが、それが支援にもなるというのはお得ですよね!

根本さんが有機栽培された雄町を使用した「おだやか 純米吟醸 雄町 直汲み生」はもちろん、その他についても仁井田本家さんではすべての原料について放射性物質検査を行い、ラベルに「放射性物質不検出確認済」と記載されています。そしてお米は無農薬で有機栽培もしくは自然栽培。今年からはしぜんしゅシリーズは全量酵母無添加、生酛造り(ということは醸造用乳酸無添加)、表示義務のない加工助剤・酵素剤等も不使用。穏シリーズは白麹仕込みによる醸造用乳酸無添加と出来る限り人工加工物を添加しない酒造りを進めています。もしかしたら検査をあまりしていなかったり、造りについてあまり公表しないモノよりも内容がはっきりしていて安全ではないかと思えるくらいです。
「人工加工物の添加=安全ではない」という意味ではありません。もちろん安定生産や製造工程の簡略化といった添加のメリットを捨てる分だけ造るときの手間はかかります。それらを踏まえて、添加しなくて美味しいのであれば、それを選択するという考え方を私は応援したいと考えています。

最後に

根本さんへ「この田んぼ一面に雄町が実る収穫前にまた見に来たいです」と伝えたところ、「10月かなぁ」という回答でした。9月の仁井田本家秋の感謝祭の時だとまだ少し早いか~と心の中で思いながら、でも黄金色の田んぼと、それを嬉しそうに眺める根本さんのお顔を見に来ようと思いました。
実はお電話でお話した奥様にはご都合が合わずお会いできなかったので、秋に伺うときに奥様にお会いすることも楽しみです。

神戸に戻ってきて再び東京へ出張している最中に「おだやか 純米吟醸 雄町 直汲み生」が入荷しました。その美味さは呑んで体感してください!

本来であれば、翌日にいわき市で山田錦の有機栽培をされている安島(あじま)さんにもお会いする予定だったのですが、私の事情により実現できませんでした。安島さんが栽培された山田錦のお酒は「おだやか 純米吟醸 山田錦 直汲み生」になります。「平仮名おだやか」の米違いコンビです。こちらも是非お試しください!

「お酒を楽しく(適量!)飲んで共に日本の田んぼを守りましょう! 十八代 仁井田穏彦(仁井田本家の日本酒のラベルより)」

おだやか 純米吟醸 山田錦 直汲み生」(左)と「おだやか 純米吟醸 雄町 直汲み生」(右)

おだやか 純米吟醸 雄町 直汲み生

720ml 1,944円(税込)

1800ml 3,888円(税込)

おだやか 純米吟醸 山田錦 直汲み生

720ml 1,944円(税込)

1800ml 3,888円(税込)

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