「おだやか 純米吟醸 山田錦」が福島テロワールと言われるわけ
仁井田本家の銘柄のなかで平仮名で「おだやか」と書かれる2つの銘柄「山田錦」と「雄町」は”福島テロワール”商品と言われます。以前、コラムでご紹介した福島県南相馬市の根本洸一さんが有機栽培されている酒造好適米・雄町を使ったものが「雄町」。そして今回ご紹介する福島県いわき市の安島農園・安島美光さんが有機栽培されている酒造好適米・山田錦を使ったものが「山田錦」です。元々、酒造好適米・山田錦と言えば、その6割は兵庫県で生産されています。同じく酒造好適米・雄町というと、そのほとんどは岡山県で生産されます。全国的に有名なこの2品種を”福島”で栽培して日本酒にするということで「福島テロワール」商品と呼ばれています。しかし、単に福島で栽培すると言っても、どちらの品種もそのほとんどは西日本で栽培されています。気候的にハードルが高い訳です。そして仁井田本家のこだわり”自然米”ということで、この2品種は有機栽培が前提でスタートしました。根本さん、安島さんのお二人は共にコシヒカリの有機栽培をされていたわけですが、品種が異なる上に、通常でも栽培が難しいと言われる酒造好適米。当初、福島県の有機農業推進室から紹介されて話を聞いた時には「大丈夫かなぁ」と少し心配されたそうです。お二人で仁井田本家さんから話を聞かれて、種もみは蔵が用意をしてくれるということで2015年から栽培を開始されました。有機栽培推進室を含めて、周りにはこの酒造好適米の栽培知識や経験を持っている方は皆無というスタートだったそうです。
初年度は大幅減収!
安島農園があるいわき市は、南相馬市と比べるとだいぶ暖かい気候ということで、山田錦の栽培について気候的な問題を感じられたことはあまりないとのことですが、やはり品種の情報が無いことが大変だったと振り返っておられました。初年度は山田錦が脱粒(種子が成熟にともなって穂や莢(さや)から自然に離れ落ちること)しやすいことを知らず、普通に稲刈りして3割ほど落ちてしまったそうです。これは翌年には対策できたとのことですが、毎年色々と問題が起きて、対策してを繰り返すのは品種を理解するまで避けては通れないとはいえ大変だったことが想像できます。
現在、安島農園全体の6%ほどが山田錦で、残りは飯米を栽培されています。そのうち25%ほどは有機栽培のコシヒカリです。大幅減収といっても山田錦だけの話ですけどね。
コメの品質
安島さんは、有機栽培コシヒカリで、米・食味分析鑑定コンクール2016年に全国・金賞を受賞されています。そこで評価される「食味値」や「味度値」、「整粒地」などコメの品質を数値化することに強い関心を持たれており、いろいろとご説明いただきました。私にとっては全く新しい知識であり、とても興味深く伺いました。詳しくはここでは触れませんが、安島さんのお米への強いこだわりを感じたことはお伝えしたいと思います。
有機栽培について
また有機栽培についても色々と教えていただきました。
有機栽培では土の中の微生物の「数」と「種類」が重要ということで、土地の微生物を増やして作物が取れる土壌を後世に残していくことが大きな目的。環境対策なので有機栽培というだけで必ずしも美味しいとは限らない。食物の安全性基準とも異なるので、安全性を求めているわけではない(結果的に土壌に良いことは人体にも安全であることが多いが)。
といった考え方。とても納得できました。私も「自然栽培や有機栽培のお米を使った日本酒」を「安全」で売っているわけではないのですが、持続的に農業が可能な環境を維持する、あるいは復活させるということを分かっていただくのがなかなかに難しいのです。「日本酒ってお米を沢山削るから残留農薬とか関係ないよね」と言われて、「違うんです」という説明を聞いてもらえることは少ないです。
そして「この考え方を持つと自然栽培にも興味が出てくると思うのですが」と聞こうとしたら、先に「自然栽培も試験栽培を始めているんだよね」というお話がありました。ただ自然栽培にすると全体として今よりは減収することは避けられないので、農家さんとしては単純に切り替えるわけにはいきません。自然栽培のノウハウを増やしながら少しずつ切り替えていけるモデルケースとなっていただけると理想的だなぁと勝手に期待してしまいました。
来年には圃場があるところの区画整理があり、有機栽培認定が一部取り消されるなど問題もありますが、昨年から息子さんが就農され親子で将来を見据えた農業をしておられるのが非常に心強く感じました。福島の山田錦はきっとここから広がっていくでしょう。